【夏休みシリーズ2012】怪談!ゴシック少女 ―ヴァージニア―

少女が印象的な映画の話題。大好きなエル君の最新出演作から。

画像


ヴァージニア/Virginia 【公式サイト

観賞した映画館:ヒューマントラストシネマ有楽町(水曜日は、1000円!おかげで満席が続いた)

89分
アメリカ映画
原題:TWIXT

【監督】フランシス・フォード・コッポラ
【出演】ホール・ボルティモア・・・ヴァル・キルマー
V(ヴィー)・・・☆☆☆☆☆エル・ファニング☆☆☆☆☆
ボビー・ラグレインジ保安官・・・ブルース・ダーン
エドガー・アラン・ポー・・・ベン・チャップリン
フラミンゴ・・・オールデン・エアエンライク
ナレーター・・・トム・ウェイツ

【あらすじ】ミステリー小説家ボルティモア(ヴァル・キルマー)が訪れた呪われた街。そこでは、つい数日前に胸に杭を打たれた身元不明の少女が発見されたばかりだった。ミステリー好きの保安官にこの事件を題材とした小説の共著をもちかけられるボルティモア。そしてかつてエドガー・アラン・ポーが宿泊したとされるチカリング・ホテルで起きた凄惨な事件を知る。作家は謎の少女V(エル・ファニング)に誘われ、時にエドガー・アラン・ポーの幻影に導かれながら、〈現在と過去〉2つの事件の真相を紐解いてゆく。その先に予想しえない結末が待ち受けているとも知らずに…。(公式サイトから)



アメリカの小説家・詩人であり、“推理小説の父”エドガー・アラン・ポー(1809-1849)について、少しでも知識があったおかげで、楽しめました。
ゴシック風の短編小説「アッシャー家の崩壊」、「黒猫」のほか、代表的な詩の作品としては、「アナベル・レイ」、「大鴉」などがありますが、本作では、そのエッセンスを随所にちりばめてあり、また、ベン・チャップリン扮するポーが本物そっくりなので、観ようという気持ちになります(笑)。
少し敷衍すると、たとえば、ヴィーが、フラミンゴの救出にもかかわらずフロイド牧師に再び捕らわれ、生きたまま壁の中に閉じ込められるあたりは、「黒猫」を想起できるし、ポーがボルティモアに創作のアドバイスをするときの詩の引用は、「大鴉」のもので、ラストで、ボルティモアが編集者に「消え去りぬ(Nevermore)」と言ってみせるのも、ポーの同作品からのものだったりします。
何よりも、タイトルのヴァージニア、という名は、ポーの若くして失う妻の名前です。劇中、ポーは、ボルティモアに、彼の作品に出てくる女性アナベル・レイ、レノーア…らはすべて死んだ妻ヴァージニアの分身だと伝えます。
しかし、本作でエル・ファニング扮する少女の名、ヴィーは、いろいろな名前の頭文字のVであるようです。


謎の少女ヴィーと子どもたちの教会でのイノセントな戯れは『エコール』の耽美さをほうふつさせる、また、『パンズ・ラビリンス』の残酷さをもっているとパンフレットで記されていますが、ysheartは、当ブログで、『エコール』、『パンズ・ラビリンス』いずれもレビューを書いたことがあるので、感慨を覚えます。関心のある方は、当ブログの「映画」テーマから、探してみてください。

エル・ファニングは、ダコタ・ファニングの実妹ですが、ysheartはむしろ、妹のほうの出演作のほうをよく観ています。「SOMEWHERE」(ソフィア・コッポラ監督作)、「スーパー8」については、昨年このブログで書きました。
本作でも、いろいろ楽しく挑戦しているのが、ほほえましいところです。牧師に追われて逃げる様子も、ただか弱い感じではなく、エルの元気な年頃の良さがあふれています。

他のキャストについて。フラミンゴは、演劇的な存在で、面白いですね。

東京の場合、有楽町では、2週間限定公開で、この土曜日からは、シネマート六本木で公開。


こういう洋画の分野でも、好きな若い女優さんというのはいますが、自分にもようやく、海外の女の子の良さを受け止める“構え”ができたみたいなんですよ、昨年以降( ・▽・)/(笑)
応援する気持ちも前よりは自然に持てると思える場合があります。

ところで、ヴィーという名前で個人的には、6月まで平原の国の弟子であったラ・ヴイマ・デを思い出しました。
私はヴィーと呼んでいましたので。やはり、姉がいて、妹らしい元気な弟子でした。


画像


そして、ともかく暑いが、月夜のきれいな今日。
エル・ファニングの映画レビューと、夏の夜のシーズン、それに関連した怪談的な話で締めようかと思ったが、都内の怖いスポットも調べたけど、あまり怖くなくて話が膨らまない!

幽霊坂とか、普段よく歩く道があるけど少しも怖くない。暑いから早く帰ろう、そんな気持ちしかない(笑)
少女の幽霊でも見たいのだが、とてもそんな妖しげな空気がない。

風流のないご時勢、怖いと思える町の風情がなくなったからか。
あるいは、私の気持ちの余裕のなさの表れか。



夕方、そんな中、べつの映画(邦画)を観た後、21時半ごろ、涼しい風の中を、小劇場などのある路地を抜けて歩いて、目白のほうへ帰っていきました。

最近、とくに、帰国してから、映画作品へのアプローチ(及び、映画女優へのアプローチ)にも少し行き詰まりを感じていたysheartですが、どうやら答えが見えてきた気がします。
それは、このブログの要(かなめ)でもある、いわゆる“応援”という行為が、自分にとって何のためにあるのか、という問いへの答えにもつながっているのが明らかになりつつあります。
オリンピック応援や、女優さんへの応援、ライヴレポート、それらの中でysheartが探して見えてきたものを、このブログのあり方と自分の生き方の、新しい指針へと進化させる時が、近づいています。



―夏休みシリーズ2012第8回おわり/第9回へ つづく―



【2012年8月23日追記】
フランシス・コッポラ監督の作品では、過去に『ドラキュラ』(1992年)というのもありました。吸血鬼というのは、古代のルーマニアがルーツなのだそうです…


そのルーマニアで、先日、東京の女子大生が殺害される事件が起きてしまいました。
命を落とすその日まで、他の多くの若い人たちのように、ふつうに、ツイッターなどで連絡を取っていた女性が、無惨な屈辱的な死を遂げ、その人生は終わってしまった。地元で何を考えているのかわからない異民族の強姦魔によって、です。
派遣元の責任など、海外派遣について問うべきことはいろいろありますが、怒りの最も大きな矛先が犯人に向けられるべきであるということは忘れてはいけません。
日本語を教えに行ったということなので、私としてもこの問題に無関心ではいられず、この記事のスペースで少し言及しておきます。
この、日本語を指導するうえでいちばん大事なのは、なぜその国・地域の人に、日本語を教えたいのか、を自分の中ではっきりさせておくことだと思っています。言い換えれば、どんな目的でその人々に日本語を教えるのか、さらに言えば…

その人々に、日本語を教えることは、日本と日本人にとって価値のあることか
その人々には、日本語を学ぶ資格があるか(学んだ日本語を、未来の日本との関係や日本を含む国際関係のために平和的に活かしていく人々だろうか

そういったことを考えるべきなのです。
その辺のモチベーションがあいまいな連中は、日本と日本人にたいして尊敬の意思が欠けていたり、それをそもそも理解できない人々である可能性があるのです。
私も1年間日本を離れてみて感じたのは、やはり日本ほどよい国はないし、日本人ほどマナーのある人はいないだろうということでした。残念なのは、ヨーロッパの人間の多くは、日本人の存在に無関心ですし、日本人を場合によっては、愚かだと感じている節があるということです。
だから、本当に深刻な問題が起きて相談しようとしても、まともに受け止めようとはしません。初めのうちは、親切にあれこれもてなしてくれますが、それだけで優しいなどと思ってはいけません
日本人ほど優しい人間はいないと思ったほうがよいし、それをたまに何か配慮してくれたからといって、その国の人間に無防備になって、優しい人たちだなどと思うのは危険なことです。

今日は、ここまでで止めますが、私が1年ある国に滞在して実際の体験から感じたことです。

さきほど、時事通信のニュースで、被害者のカメラが他人に売られていたことが分かったようです。思い出の道具まで台無しにされようとしていたということです。あまりに、酷過ぎる…
日本人の尊厳が、どの国で踏みにじられたのかを、先ずは覚えておくことです。未来のある若い日本人たちに、これからの生きる指針を与えるためでもあります。

※当ブログのスタンスから外れない範囲で書きました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック