【中欧滞在レポート】冷たい雨の街から、氷上応援

欧州での大会を観戦すること、それから、冷戦終結の象徴を、その崩壊から23年ぶりに初めて現地で見ること…

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ISUスピードスケートワールドカップ・ベルリン大会最終戦

Essent ISU World Cup Speed Skating - The Final
2012年3月9日(金)~3月11日(日)
会場:Speed-Skating Hall Sportforum Berlin(スポーツフォーラム・ベルリン、スピードスケートホール)
男女全距離

※私が観戦したのは、10日、11日の2日間

☆競技日程☆
9日(金)男女500m、女子3000m、男子1500m(日本人は出場なし)
10日(土)男女500m、女子1500m、男子5000m
11日(日)男女1000m、チームパシュート、マススタート(この日は、女子1000mを除いては、(日本人出場なし)

日本人の出場選手は、次の通り。
男子500m羽賀亮平(日本電産サンキョー)、上條有司(日本電産サンキョー)、及川 佑(大和ハウス工業)、長島圭一郎(日本電産サンキョー)、加藤条治(日本電産サンキョー)
男子5000m平子裕基(開西病院)
【女子3000m】菊池彩花(富士急行)、石野枝里子(日本電産サンキョー)、石澤志穂(トランシス)、穂積雅子(ダイチ)
女子500m辻麻希(十六銀行)、小平奈緒(相澤病院)、仁科有加那(日本電産サンキョー)、住吉都(堀技研工業)
女子1500m髙木美帆菊池彩花
女子1000m髙木美帆小平奈緒辻麻希


…ですが、その前に、ポーランド国内からベルリンに入って、時間のゆるす範囲で街を散策しましたので、その感想などを先に記したいと思います。

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9日の夜19時過ぎ、ベルリン・テーゲル空港に到着。思いのほか、感慨のないまま(ここが、初めてワルシャワに着いた時とすでに違ったのですが)、最寄りのホテル《メルキュール》まで歩く。翌朝、空港で、すべての公共交通機関で使える〈1日乗車券〉を買って、雨のアレクサンダープラッツ(TXL番のバスで着く、中心地域ミッテの最終地点)まで(上の写真)。そこから、不案内であるがゆえの能率の悪い乗継で、ランツベルガー・アレーまでたどり着く… 

このSバーン駅の前の人の行列に、「何だろう?ひょっとしてスケート大会の当日券の列かな…」などと並んでしまったのが愚かでした。少し列から体が外れたのを理由に、後ろから50代くらいの男女の集団に押し出されてしまいました。奴らの悪意に満ちた卑屈な笑いを見て、自分がこんなどうでもいい場所にどうしてかかわってしまったのかと、嫌悪感を持ちながら、その場所を離れたのでした。

スポーツフォーラムという会場は、この駅からも歩いて20分くらい離れた場所であり、よほど自分がどうかしていたのです。初めての場所で地理的なイメージができないことへの焦燥感があったとはいえ、私にしてはかなりお粗末な行動でした。

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ともかく、アレキサンダープラッツから「M5」番のトラムに乗れば、スポーツフォーラムの一番手前の建物が見えてきて、その建物の向こうのスケート会場には、「シモン・ボリバル通り」という名の停留所で降りればよろしいです。そこまで来て道に迷うことはありません。
次の(ひとつ手前の)停留所もわりと近いので、アクセスはどちらからでもOKです。

先の1日乗車券は、東京でいうと、PASMOのようなものなので、ともかく、最初のどこかの乗車地点(バス停orバス車内でも、ドイツ版山手線Sバーンの駅でも、地下鉄Uバーンの駅でも、トラム停留所でも)で刻印すれば、あとは自由自在に乗り継いで行ってください。

さて、そういうわけで、当日券(10ユーロ)を窓口で購入して、開場時間の12時を過ぎてから、スケート会場へ。

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しだいに人の数が増えてきて、チェコの楽団応援が始まりました。
チェコといえば、マルティナ・サブリコヴァ選手が1500mにエントリーしています。

13時15分の競技開始で、女子500m2本目、第2組、仁科有加那選手がこの日登場する日本人選手の1番手。第5組には、世界大会に対応できる選手に成長している住吉都選手が登場。

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辻麻希選手、そして小平奈緒選手。

男子500m2本目は、羽賀亮平、上條有司、加藤条治、長島圭一郎、及川佑の5選手が登場。

そして、日本の男子5000mを担う、平子裕基選手の健闘。
この日最後の種目女子1500mでは、髙木美帆選手、続いて菊池彩花選手。

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髙木選手の、上位に入らんとする頑張りは頼もしく感じます。菊池選手を世界大会で観られるのもうれしいことです。

チェコのサブリコヴァ選手は、母国応援団の期待に応え、まずまずの結果を出しました。この種目では3位となりました。
チェコにサブリコヴァあり、サブリコヴァにチェコの応援団あり。

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カナダのネスビット選手が優勝して、第2日が終了。

この日の夜は、Sバーン/Uバーンの駅〈フリードリヒ通り〉から、CD/DVDショップのDussMannや、ブランデンブルク門、ベルリン中央駅などを見てまわって、ホテルに戻りました。DussMannでは、やはり日本の、とりわけJ-POPはほとんど見つかりませんでした…あっても、こちらの市場に日本の音楽が浸透しているとは到底言えない状況。残念です。

この日の観戦(男子5000m)のあいだ、ノルウェーかカナダからと思われる、中年男性から、「いま、何組目か?英語はわかるか」と聞かれました。
「いや、それほどでもない」
「コリアからか、チャイナからか」
「いや、日本から来た」
そう言うと、「おぉ。。(・。・)そうなのか」と静かに驚いた様子。
で、いま、9組目で、ほら、いま二人ともオランダの選手が滑走しているでしょう、と言うと「そうか。英語、上手じゃないか」と言ってくれて、肩をたたいて自分の場所に戻っていきました。

…どうも、日本人というのは、ヨーロッパ諸地域で、他のアジア系よりも影が薄いようです。格段に。
日本人、大丈夫なのか!?


そして翌日。会場の様子はわかったので、朝から、観光。再び、同じ場所、ウンター・デン・リンデンという中心的な通りをブランデンブルク門方面から歩いて右折し、少し歩いていくと、東西冷戦のころの、国境検問所の跡地がありました。いわゆる、〈チェックポイント・チャーリー〉です。

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それから、いよいよ地図や他の情報ではよくわからなかったが、最も行くべき場所へ。
Sバーンに乗って、〈ノルトバーンホフ〉駅を降りるとすぐ目の前に、〈ベルリンの壁〉の保存された敷地がありました。

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人間の自由な動きを徹底的に予測して監視するシステム…僕はそんな世の中にいなくてよかったと思います。

1989年、絶対になくならないと思っていたもの、僕が生まれたとき、すでに存在していたもの、それが崩壊した。
東欧革命は、自分の人生の中で最も衝撃的であったニュースです。

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戻ってきた〈フリードリヒ通り〉駅のホームにいたら、スクリーンには、東日本大震災から1年、のニュースが。

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この日は、3月11日。
日本にとって新たな辛い歴史を思い起こす日になりました…
僕は、この日の朝午前6時47分、ホテルで東の方角に向かって、黙とうをささげたのでした。
※公式には、震災発生時刻は、14時46分でしたが。

そして、ワールドカップスピードスケート最終日、13時30分競技開始。

女子1000mには、髙木美帆、小平奈緒、辻麻希の3選手が日本から出場。今大会の最後を飾った日本人代表は、辻さんになりました。

男子1000mのあと、チームパシュートは、日本チームは出ないので、いま、滞在しているポーランドのチームを応援しようという気持ちで観戦しました。

ところが、ポーランドチームはスタート直後に一人の選手がバランスを崩してしまった…!
すぐに態勢を立て直したが、コリアチームのペースには届かず。

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ンー。どうしてここでっていうところが、何か、日本人みたい…(-_-;)

男子のチームパシュートのあと、マススタートレース。本当に、ショートトラックのレースのような面白さでした。
女子は、最後の周回で、ドイツの(私も好きな)クラウディア・ペヒシュタインが、疾風のごとく先頭に躍り出て、一気にゴール!

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地元ゆえに、会場内が怒涛のように盛り上がりました。

男子のマススタートは、オランダの選手が大きく逃げ切りました。
イングランディーレの、いつかの春の天皇賞を思い出す…(-_-;)

そのような訳で、日本人選手のシーズン遠征の疲れを感じさせる大会でしたが、エムウェーブとは比較にならない大歓声、選手と観客が一体になって作り出す躍動する会場を体験できてよかったです。

スピードスケートの2011/2012シーズンは、このあと、カルガリーファイナル国際競技会、世界距離別(オランダ・ヘレンベーン)がありますが、今季、唯一観た、ワールドカップファイナルをもって、私の今季観戦は終了です。
時間と予算の問題でもあります(笑)

しかし、日本から遠くの会場でも、私のように、ひょっとしたら観に来ている日本人のお客さんがいるかも知れない、そう思って頑張ってほしいと思います。選手の皆さん、お疲れ様です。
特に、女子選手諸君、今回はホワイトデーの記事アップということで、この記事を励みにいっそう精進してくれたまえ。

あと少し、もう一息、一人ひとり、がんばってください。

☆☆今回の大会および街の風景を、ウェブリアルバムで写真公開中です。→ 中欧の風景3☆☆


さあ、それにしても、このベルリンという街は、苦手かも。凄すぎて手に負えない気がします。
人間も自分には合わないかも知れません。考えてみれば、東ドイツという決して豊かでない国の市民が、壁の崩壊を機に、一瞬にして、先進国の首都の市民になってしまった、そこに無理があったのではないかと思います。
ユーモアのセンスや、積み上げる充実感、そういったものを、相応の年数をかけずに来てしまっている、そういう人たちが住んでいるように思えたのでした。


ここで、少し、海外滞在先から、べつの国へ旅行する時のことを参考までにふれておきます。
ポーランドとドイツとは、同じEU加盟国ということで、出入国審査は行われませんが、通貨は、ポーランドが、まだユーロに移行していないので、外貨両替に行く必要がありました。

kantor wymiany walut(外貨両替所)は、ポーランドの私の住む市内にもあちこちにあります。
えうろ」と言って、両替。ユーロは、ズウォティの約4倍。

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やはり、チェコのコルナやウクライナのフリヴニャは、安い。
日本のレートは出ていないので、なぜかほっとした…


☆☆☆☆☆
ここで、80年代後期洋楽から、ドイツ系アメリカ人のロック・アーティスト、ジャクソン・ブラウンの「フォー・アメリカ」(1986年全米チャート30位)を。→ フォー・アメリカ/For America (YouTube/thanks.)

結構好きなミュージシャンです。数年前来日した時には残念ながら観れませんでした。
この国を次の世代に、確信をもって渡すことができるだろうか、それを考えるとこの曲を思い出します。

震災から1年が過ぎて、日本は、日本人は、絆の大切さ、助け合いの大切さを、本当に取り戻せているのでしょうか。政治は、経済は、まともでしょうか。橋下徹・大阪市長が最近おっしゃったように、そういう想いはどこへ行ったのかと思うのです。

1986年、当時からお気に入りのミュージシャンで、ジャクソン・ブラウンからも影響を受けたであろう、浜田省吾の曲に、「A NEW STYLE WAR」というのがあります。当時買った2枚組アルバム『J・BOY』から。 → A NEW STYLE WAR


受け入れるか 立ち向かうか
どこへも 逃げ出す場所は 無い It's A NEW STYLE WAR

ひび割れた原子力(NUCLEAR POWER) 雨に溶け 風に乗って



愛は時に あまりに脆く 自由はシステムに組み込まれ
正義はバランスで計られ It's A NEW STYLE WAR


☆☆☆☆☆

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最後にベルリンを発つ際、LOT(ポーランド航空)の検査場で、係員が「Daijoobu(大丈夫)」と言ってくれたことがうれしかったです。

つい最近、日本語のクラスで導入した表現でもあります(笑)


私の中欧滞在期間は、早いもので、すでに半分を過ぎました。


【2012年3月15日追記】
ブログ弐号機のほうで、カルガリーファイナル国際競技会の結果を載せています。
→ カルガリーファイナル2011/2012

先ずは、女子3000m、男子5000mが14日に行われたもようです。
ここまで日本人の出場選手は、高山菜摘、長屋千夏、遠藤つぶら、阿部大輝、小川翔也、丸山幸汰、由井勇矢、襲田衡俊、の各選手。

【2012年3月17日追記】カルガリー国際競技会、日本人選手の結果です。→ ブログ弐号機

男子500mに、池田晋一朗、山中大地、田渕浩基、坂本永吉、阿部、松田知記、小川、山田将矢、襲田、由井、丸山の計11選手、女子1000mに、高山、桜井萌美、土田愛、藤森美希、梅川風子、宮﨑麻衣、阿部美沙希、遠藤つぶらの計8選手、そして、女子500mには、浅野実久、梅川、桜井、土田、高山、宮﨑、太田凪砂、阿部、藤森、遠藤の計10選手が登場。

【2012年3月18日追記】
カルガリーファイナルも、いよいよ、ファイナルです。選手のみなさん、最終日まで目標のために頑張って、元気に日本へ帰ってきてください。

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この記事へのコメント

2012年03月14日 20:49
 ご無沙汰しています。

 私は2月のジャパンカップでスピードスケートは見納めで、先週末から3週連続でショートトラック観戦が続きます。

 このシーズンも何人かの引退があり、先週は引退した嬬恋の長距離トリオを誘って飲みました。
 3人ともそれぞれ4月から新しいスタートを切ります。

 まだ2月の時点では決まっていない人もいましたけど。

 私は4月の全日本ローラーに向けて練習を始めましたが、まだまだ本調子にはほど遠い状態です。
2012年03月14日 22:15
natsan、ご無沙汰しています。
そうだ今頃の日本では、ショートトラックの都道府県対抗があるなあと思いながら、記事を書いていました。

そういえば、3月にロングトラックを観れるというのは貴重な体験であります。

いつのシーズンでも、これで引退という選手がいて、今季はそういう選手たちの滑りを観られないのは残念ですが、無事に新しいスタートを切って、これまでのスケート経験を人生に活かしてほしいと思います。

natsanも新しいローラーシーズンを本調子で迎えられるといいですね。

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